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カテゴリー:徒然記の記事

心繋 »

幾ら後悔しても、どんなに努力しても後戻りは出来ない。それが自然の摂理だから。だから人は前を向いて歩むんでしょうね。

余裕が無くなると、失敗も多くなる。そして気付きも多くなる。数日前、今まで気遣いや忖度と思っていたことが、要らぬお節介や大きなお世話だったことを告げられる。良かれと思った行動が、正反対の結果をもたらすこともある。結果は相手の取り方次第。相手有きである。過去を振り返る。何度も繰り返してきた過ち。これで最後と思いつつ、また繰り返してしまう人生。全てが裏目にでるのは、やっぱり自らの人となりか。

どんな仕事も選り好みせず、それが誰かのお役にたてばと考えていた。それは思い上がりだったのだろうか。非力を過信する日々。でもそのスタンスは今後も変わることがない。この身体、力尽きるまで。

一つの歴史が閉じ、また新たなる歴史が始まる。心にも体にもサプリが必要な時代。何に癒しを求めますか。

つぶやき »

関東ではもう梅雨が明けたそうですね。青森もやっと暑さを感じる頃となりました。暑い地方の皆さんに怒られるかもしれませんが、比較的今まで涼しかった青森の中で、私は現在極度の夏バテでございます。一月生まれで雪国育ちの私としましては、暑さは、生まれながらの天敵であり、この時期の憂鬱の種でもございます。暑い時期に暑いのは当たり前なのに、憂鬱の種だなんてわがままでバチ当たりな考え方ですね。試練のない人生なんてないと思えば諦めもつくのですが・・・。

サッカーの話題も盛り上がっていますね。ルールを知らなかったり、まったく興味がなくても勝ち負けを気にしてる人は多いのでは。そんな中で今回の試合、戦術ににこれだけ賛否が分かれるのも珍しいですよね。賛否はあって当然。でも、心無い言葉で野次るのはよくありません。否しても非して罵ることがないようにしたいものです。非して罵っても虚しくなるだけです。だっていろいろな考え方があっていいんでしょうから。自分の思いのままに良い悪いと手の平返すより、いい所だけ探して頑張りを称賛してあげましょうよ。みんな一生懸命なんですから。一生懸命じゃない人なんていないんですから。        合掌

隣の芝生は青い »

朝、目覚めることが出来たことに感謝。夜、一日を終えれたことに感謝。当たり前じゃないから有難いものです。

人間必ず限界があります。ピンチがピンチを生むと、強がってみせたり我慢していても肉体や精神にいつか弊害をもたらします。その限界は人には見えぬもの。自らの限界は自分にしかわからないものです。

限界スイッチは身体に何らかのシグナルを送ります。イライラしたり、悲観的になったり、心身のバランスを崩し終いには敵味方の区別なく不安を覚えます。肉体を患いもします。誰かに助けを求めたり、すがりたいはずなのに自らを閉ざしてしまいます。言いたくても言えない。言いたくても言わない。茨の道だからこそ誰も巻き込みたくない、迷惑かけたくないっていう最後の足掻きが、唯一の心の支えとなって無理を通してしまいます。

心配してるって責め立てられプッレッシャーを感じるより、優しい言葉が一言欲しいんですよね。この茨の道を進むこと、いまは理解されなくても、10年後、20年後、必ずどこかで誰かが理解してくれるはず。いまはそれを信じ唯々突き進んでいくしかないですよ。だからどんなに苦しくても辛くてもいつも笑顔で前進です。でも、自分の限界は自分で分かりますよね。

「隣の芝生は青い」という諺がございます。自分より他の人が良く見えるという意味ですが、私もよくそんな目で色々なものを見てしまうことがあります。人間の卑しさですね。この卑しさが世を羨み人を妬む感情を生み出してしまうんでしょうか。羨み妬まれる方もまた辛いものです。人生思い通りになんてならないのに。ならないからこそ他に目が向いてしまいます。もっとも人間らしい感情なのでしょうか。

なんでこの諺を持ち出したかと言いますと、いま、サッカーのワールドカップで盛り上がっているのに、時折冷たい声を耳にするからです。華やかに見える選手達。輝かしいが故に批判も受けます。でも彼らは輝かしき選ばれし者というより、どんな苦も乗り越え、諦めず投げ出さず人一倍努力した者達の集まりです。だからグランドに立つ選手達は皆輝かしく見えるのでは。目に見えぬところに真実があります。努力があります。選手一人一人の努力を敬い、参加する全ての国の選手を応援したいものです。       合掌

ほっこり »

只今、諸用にて高野山に滞在中です。日の出を見ながら澄んだ空気がとても心地よいです。清浄なる空気感が身体の疲れを癒し、弱き心を戒め、そして寄り添ってくれています。何故か目頭が熱くなります。聖地高野山。唯々ありがたいです。 合掌

リンゴの花 »

理想と現実はかけ離れたもの。現実はそんなに甘いものじゃありませんね。どんな仕事や作業でも、楽しようと考えるといい仕事なんてできないもの。どんな仕事も決して蔑む事なく、有難くやらせて頂く心で、頑張って行きたいと思います。

リンゴの花が咲いていました。桜のように華麗に咲き乱れる花ではないですが、何か心が癒されます。一生懸命咲き誇り、最後には立派な実をつけるリンゴの花。リンゴの花を見ると、大切なことを思い出す気がします。  合掌

お地蔵様 »

玄関を入ると手作りのお地蔵様がニッコリ微笑んで立っておられます。出掛ける時、温かい微笑みで見送ってくれるお地蔵様。くたくたに疲れて帰ると、優しい微笑みで迎えてくれるお地蔵様。いつも最高の微笑みで見守ってくださるお地蔵様が大好きです。

人生、どの道を通っても楽な道はございません。成果は期待から生まれるのではなく、努力から生まれるものです。100人の敵より1人の理解者。どんな苦労もお地蔵様が癒してくれると思えば、心が軽くなります。私達の周りにはお地蔵さまがいっぱい。人も物も全てがお地蔵様。

頑張れるかな。   合掌

桜 »

満開です。青森も桜の季節となりました。花の一生は尊いものです。短くても皆の期待に応え咲き誇っています。散ることを怖れず鮮やかに咲き誇っています。何れ散ってしまうんですよね。散り始めを考えると何故か虚しいです。どんな別れも辛く悲しいもの。でも桜は散ることを考えず、いまを一生懸命咲き誇っています。先の世がどうなるか、誰もが予測不可能です。桜のように一生懸命いまを生きたい。  合掌

事実と真実 »

人は切羽詰まると思いがけない力や行動力が発揮されるものです。私も英会話教室に通い始めました。本来もの覚えが悪い私としては、語学の習い事は大変です。でも、大変だからってやらなかったら何も変わらないと思うと、自分に甘えず頑張ってしまいます。海外旅行したいわけでもないし、別に流暢にしゃべられなくてもいい。毎日に活かせるわけでもなければ、東京オリンピックに向けてなんて思ってもいません。だったら何で英会話を習うのか聞かれたら、何気にと答えると思います。難しく考えず、後々些細でもやったことに楽しさを感じられるなら、そんな歩みもいいもんですよね。

もっとわがままに生きられたらいいのに。思い通りな毎日だったらどんなに楽しいだろう。やりたいことだけやる、選り好みした人生を送りたい。皆さんはそんなこと考えたことありませんか。私はあります。でも、しないだろうし出来ません。それは思い通りな毎日を送っても決して満足出来ず更に求めてしまう、そして虚しい毎日を送るだろうなって思ってしまうからです。人間欲張りですから。ちっぽけな自分に反省。焦らない。急がない。

事実にばかり目を向けガムシャラに生きても虚しく時を刻むでしまいます。そこに真実がないからでは。事実なんてかげろうのようなものです。いつの間にか記憶から消えていきます。でも信頼できる真実は消えません。揺るぎない信頼は真実に成りえます。苦しい中にある真実、辛い中にある真実、そこに真の幸せがあるのかも。これは私の身勝手な理念です。

新年度が始まり数週間、就職した皆さんはそろそろ仕事にも慣れてきた頃でしょうか。皆が皆そうでもなさそうですね。。仕事が分からない。出来ない。やりたく無い。楽しくない。理想とは違う。いまの時期、そんな思いに捉われて人も多いみたいです。新天地での人間関係に悩み苦しんでる方も居られるでしょう。せっかく社会に巣立っても楽しく仕事が出来ないのは辛いものです。でも気持ちが離れてしまえば良い仕事なんて出来なくなります。しかしこればかりは誰が解決出来るものでも無く、自らの問題として自分で処理していかなければならないものです。仕事はやらせられるものではなくやるものです。待ってってもいい仕事が出来ません。考え行動に移す自力が満足を生みます。そして誰しもがその自力を持ち合わせています。気付いてないだけでは。だからあまり執着せず固執せず、常に頭も心も柔軟に。そうすれば何かが見えてくるかも。これも私の身勝手な理念です。

だから頑張れる人は頑張ればいい、頑張れない人は頑張り過ぎなくてもいいのでは。自分の人生ですから。誰もが自由ですから。辛かったら逃げてもいいんじゃないですか。自分に甘えない本気があれば。それを事実としてだけじゃなく、真実と受け止めることができれば。

自分の心に惑わされなければいい。事実だけに振り回されなければいい。事実が全てではありませんから。事実という表面だけを見てると、奥底にある真実を見逃してしまいます。世の中は、言わないこともあれば、言えないこともある。言葉にならない真実だってあります。嫌々と焦るあまり、大切なものが消えてからでは遅いです。良かったと思える人生は目の前にありますから、例え汚れた場所にあっても、歪んだ心の中にあっても真実を探してみて下さい。   合掌

偶然? »

建物も老朽化に伴い傷みも激しくなってきます。毎年毎年大工さんの手を煩わせて、味のある建築物になっていくのでしょうか。でも、修繕も毎年ではさすがに大変ですね。

一昨日新聞を読んでおりましたら、きょうの歴史を紹介する写真に目が留まりました。ビックリ‼ 鮮明ではなかったのですが、元気な祖母が写っていたのです。普段は流して見るコーナーなのに奇跡です。

私達が小さい頃は、青森空港は冬期間雪の為に閉鎖していました。掲載されていた写真は、春の空港開放に一番機が就航した時のものです。記憶を紐解いてみますと約40年前、当時東京に住んでいた叔母の所に、祖母と私、弟の3人で遊びに行きました。往路は特急で、復路は飛行機を使ったはずです。ところが復路でのこと、始めて乗った飛行機に身体が対応出来ずに到着後、私と弟はいの一番で降りてしまいました。後からゆっくり降りて来た祖母が翌日の新聞やテレビに映ったのを見て、弟と二人羨ましがったのを覚えています。素直に何でもとらえることが出来たあの頃、全てが楽しい思い出です。

偶然?それとも目に留めたのは必然だったのかも。どちらにしても思いがけず祖母の写真を目にしたことは嬉しい限りです。久しぶりに心がほんわか癒された出来事でした。また祖母は何かを気付かせようとしてくれているんだろうな~。でも不思議です。あんな目立たない写真によく目が留まったものです。何でも素直に受け留めれば良いことありますね。  合掌

思い出 »

どんな別れも切なく寂しいものです。寂しさを癒すのは楽しかった思い出だけかもしれません。思い出は力になります。例え投げやりになっても、優しく心をいたわってくれます。良き思い出は永遠です。

人間、苦労は付きもの。人生の殆んどが苦労ですから。自分の苦労は分かってもらえず、身を持って人の苦労を分かってあげれず。難しいですよね人生って。苦労は自分との闘い。だからこそ自分の過去と向き合ってみましょう。思い出が苦労すら楽しい語らいへと導いてくれるはずです。

ちっぽけな世の中で人の目なんて気にしない。気にするる時間があれば、楽しかった時間を思い出してみては。    合掌

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