住職の徒然記

限界

体力の限界、気力の限界、我慢の限界等々、人はあらゆる限界という枠の中で生きています。限界を生じれば体調は崩れ、心は乱れ堪忍袋の緒さえ耐えられなくなることも。また病やケガを招き、心の安定を妨げ忍耐を断ち切り、怒りさえ生じさせる。まさに限界は自分らしさを破壊するシグナルなのかもしれません。

節分会の日、お参りに来られたおばあちゃんが壇上で火を焚く護摩祈祷を見て、帰り際に『熱くないの』と尋ねてきました。『我慢強いね』『やっぱり、修行してる坊さんは違うね』って。実はいくら修行しても熱いものは熱いです。でも自分の利益や満足の為ではなく、無欲で祈祷される皆様の為にと思えば、熱いとか怖いとかいう自らの弱さを越え、唯々一心に浄火に向き合って行こうという気になります。人って自分の為より誰かの為の方が強くなれますよね。でも、心はそうであっても体は限界を感じます。だから、どんな修行に精通したお坊さんであっても、時には火傷することもある訳です。因みに私も、この度は少々火傷してしまいました(^^;)。昔は火傷すると護摩焚きが下手だ、修行が足りないと揶揄されたものですが、火の勢いがあまって並々ならぬ火力となれば、どんな強い皮膚でもやはり限界を生じます。修行してる坊さんでもやっぱり熱いものは熱いんですよ。仏の顔も三度まで。内容は違えども仏の世界にもやっぱり限界があるみたいです。

時に人は無理してでも限界に挑まなければならないこともあるでしょう。しかし、日常において心も体も限界を感じたら潮時であり節目と感じ、変な意地やプライドに固執することなく、変化や進化の好機と捉え自身のこだわりから離れた方が良いのかもしれません。

立春も過ぎ、梅の開花の便りがちらほら聞こえてきた今日この頃ですが、青森は立春過ぎてからが本格的な冬になったようなそんな寒さが続いております。こんな年は、寒さの影響でミスを起こしやすいものです。私も数日前不注意から一番利用頻度の高い花瓶を一つダメにしてしまいました(>_<)寒い日に花瓶の水を抜かないと凍ってひびが入ったり割れてしまいます。寒の間は特に注意するのですが、立春過ぎれば大丈夫だろうと油断した私の不始末でした。油断大敵です。ひびが入っても元の場所に戻そうとも考えましたが、一度入ったひびは、修復しようにも元通りにはなりませんし、ひびが入った事実を無かったことにすることは出来ません。自分の不注意を棚に上げて、これも花瓶の強度の限界から来る寿命と言い聞かせながら、処分するしかない訳です。諦めは肝心ですが、内心は自分がもっと注意していればとなんとも悔しい限りです。でも私の性格上いつかはこんなミスを犯したんだろうと思うと、ある意味不注意な私の方が花瓶から見切られたのかもしれません。 全てに限界がございます。心にも体にも限界はあります。皆様も大切な毎日、自らの限界に気付きギリギリまで我慢することなく、余裕ある毎日を歩んで頂きたいと思います。 合掌

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