住職の徒然記

ひとり言

冬季スポーツがまだまだシーズン中ということもあり、オリンピックの感動と興奮が覚めやらぬ中、十分な休養も取らずにアスリートの皆さんは次なる闘いの地へと赴かれているようでございます。どのスポーツもそうでしょうが、試合の為に、年間多大な時間を費やしてトレーニングに勤しんでおられます。その目に見えぬ努力が最高のパフォーマンスとなって私達に感動を与えてくれます。私達は表の華やかさしか知りません。でも見えない努力を決して疎かにしてはいけません。そこにも温かい気持ちで応援出来る素晴らしい感動がある訳ですから。

スポーツは才能だという人がおられます。でも才能があるといわれる人ほど努力し忍耐強くストイックに練習に励んでおられます。才能では一流になれません。努力が結果をもたらし一流と言われるようになるわけです。一流のアスリートは負けた時、才能や何かのせいにすることはないそうです。努力不足を常に痛感し更なる自分磨きを致します。コンプレックスがあれば努力で克服してしまいます。正しくスポーツマンです。こんな努力を凡人の私達も人生に生かせたらって思ってしまいます。

『隣の芝生は青く見える』という諺があります。とかく凡人の私達は努力や忍耐より楽を優先し他を妬むことがございます。そこには他と比べる自分がいます。でも何も他と比べる必要はないんですよね。自分自身がどうなのか、どうあるべきか、ということが大切なんですから。スポーツは他の努力より自分の努力です。長い人生にも共通する必要な考え方では。そんなことをオリンピックを見て改めて自分に言い聞かせていました。スポーツを見る度に、たくさんの事を教えられているような気がしてなりません。

いま、女子レスリング界のスキャンダルが報道され始めました。監督のパワハラと報じられていましたが、よく聞いてみますと方向性や考え方の違いにも今回の問題の一端があったのでは。年齢も違えば性別も違う。監督と選手の間であっても考え方の不一致が生じることもあるでしょう。誰しもが一方的な観点から物事を見ようとしますし、誰しもが自分の正義を貫こうとします。真実は分かりませんが監督からすれば弟子に対する思いやりがあってのこと、選手にすれば更なる飛躍を願っての行動だったはずです。小さなひずみも時間の流れで大きなズレになることもあります。そのズレが誤解を生じ互いを遠ざけることも。そこに感情が入れば『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』なんて部分も出てくるはず。思いやりの行動もすべてが裏目に出てしまうでしょう。そうなれば、監督として指導がしずらくなるでしょうし、選手からしたら監督を信頼できなくなることでしょう。互いに言えぬことも出来るでしょうし、人を介しての伝達の不備が大きな誤解を生じさせることもあったのでは。一つの言葉にはたくさんの意味があります。それぞれの捉え方が誠意にも悪意にもなります。互いが互いの真意を推し量ることが出来なくなっては、全てが悪意に感じたのでは。

でも皆が熱き想いを持つスポーツ界だからこそ、当事者以外の周辺の環境に左右されたり、煽られて引っ込みがつかなくなることがないよう互いが誠実に対処して頂きたいものです。感動をよんだ冬季オリンピックが閉会しパラリンピックがこれから開催されるという時にこんなスポーツ界でのスキャンダルは悲しいです。冷静なる中でいち早く真実を求め互いを理解し穏便に解決して、一生懸命頑張っているパラリンピックの選手を応援していきたいものです。  合掌

« »

浅虫高野山 陸奥護国寺

〒039-3501 青森市大字浅虫字山下203-6

TEL・FAX : 017-752-2129

アクセスマップ